こんにちは、つくり手の前堂です。
私たちithのつくり手が、工房でリアルな指輪づくりを学ぶ様子をレポートする《つくり手指輪制作ブログ》シリーズをお届けいたします。
> 詳しくは イントロダクション記事 をご覧ください
今回は《ミル打ち》の加工工程について、職人の新居さんに教わった模様を綴ります。
ぜひお付き合いください。
ミル打ちの魅力
まずは《ミル打ち》の特徴と、その魅力についてお話いたします。
《ミル打ち》とは、今から150年ほど前に生まれた小さな粒の装飾技法で、現代に残るアンティークジュエリーにもよく用いられています。
ミルとは “千” を表す言葉で、“千の粒” という意味で《ミルグレイン》とも呼ばれます。
たくさんの粒の連なりが “永遠” を連想させる装飾なので、長い年月を共にする結婚指輪や婚約指輪にぴったりでもありますね。
派手になりすぎずデザイン性がプラスできる加工なので、アトリエでご覧になり気にってくださり、《ミル打ち》のアレンジを取り入て指輪をオーダーされるお客様もたくさんいらっしゃいます。
こちらの写真は、実は私がつくり手を初めてから仕立てた自分の婚約指輪です。「自分の一番好きなデザインでつくろう!」と考えたときにミル打ちを選ぶほど、私自身も大好きな装飾なんです。
> 私が作った一番好きな婚約指輪のブログ記事もご覧ください
工房で自主制作を行う中でも、自分にとって大好きなデザインであり、細やかで施すのが難しいイメージが故に《ミル打ち》への挑戦を躊躇していましたが、職人の新居さんに背中を押され、とうとう挑戦する決心がつきました。
ミル打ちに使用する、2種類の工具
《ミル打ち》の加工に必要な工具は2種類。
どちらも鏨(たがね)という工具で、模様を彫ったり、宝石を留めたりする時に用いる工具です。
毛彫り鏨(けぼりたがね)
まずは《アニス》の記事でも紹介した鏨(たがね)がこちら。
V字に研いだ「毛彫り鏨(けぼりたがね)」です。指輪に溝を彫るために使用します。
> 鏨の詳細はこちら
ミル鏨
続いてこちらは「ミル鏨」で、先端に丸いドーム型の窪みがある鏨です。
1本1本先端にサイズの違う窪みがついているので、打ちたい粒の大きさに合わせて鏨を選びます。
この鏨を指輪に押し当てることで、ミルの丸い粒が生まれます。
粒の大きさも大小さまざまなので、好みや指輪の幅に合わせてカスタムできるのが嬉しいですね。
いざ実践!
《ミル打ち》の加工手順について原理は理解はしているので、まずは実践してみます!
まずは、指輪に施したいミル打ちの大きさを決めて、そのサイズの粒の「ミル鏨」を選び指輪のエッジに1粒だけミルを打ちます。
この1粒が、この後の加工の基準になる重要な印となります。
打ったミルの大きさに合わせて、指輪の縁と並行に「毛彫り鏨」で溝を彫っていきます。
全て手作業で行うため、金属に直線を彫ること自体がかなり難しい作業なんです。
彫った溝のラインに「ミル鏨」を合わせて、ひと粒ずつグッと押し込みミルを繋いでいきます。
隣の粒との距離が離れてしまったり、粒同士が重ならないように打っていきます。
20粒ほど打つと、少しミル打ちらしさが出てきました。
ここまでにかかった時間は1時間ほど。顕微鏡を覗きながらの作業なので目がチカチカしてきます。
初めてにしては上手くいったのではないか?と思い、新居さんに見てもらいました。
「ちゃんとミル打ちっぽくなってるね!でも、もっと綺麗に見えるようにポイントがあるから見ていてね」と、お手本を見せてくれました。
美しいミル打ちを施す際に、欠かせないポイントを教わります。
・ミル鏨の先端のドームの内側が綺麗に磨かれていることを確認する
・毛彫り鏨で彫る溝のラインを、同じ深さでまっすぐ彫る
・ミル鏨を押し込む力を、粒ごとに均等にする
・ミルを打った後で、溝のラインがガタガタにならないよう注意する
…など、美しく仕上げるためにはたくさんのポイントがありました。
そんな中で、印象に残ったポイントは「ミル鏨を押し込む力を、粒ごとに均等にする」ということです。
すべての粒を同じ力の強さで押し込まないと、模様が揃わずガタガタ歪んしまって、美しく見えません。
実際に新居さんがお手本に打ってくれたミル打ちと、私が打ったミル打ちを比べて見てみましょう。
違いが一目瞭然ですね!上側が私が打ったミル打ち、下側が新居さんのミル打ちです。
同じ粒の大きさのミル鏨で打ったのですが、私の方がかなり粒が大きく見えますし、列が上下に乱れています。
新居さんが打ったミル打ちは、手作業だと分からない美しく整列しています。
「鏨を押し込みすぎだね。ミルの周りの地金がグリグリ押し潰されいるから、ミルの列が乱れて見えるんだよ。
地金の種類によって硬さが違って、その硬さに合わせて職人は鏨を押し込む力加減を調節しているんだよ。今回の指輪の素材はシルバーだから、そんなに力を入れなくても綺麗に打てるはずなんだ。」
と教えてくれた新居さん。
実際にお客様からオーダーをいただく指輪は、プラチナやゴールドです。
特にピンクゴールドは銅の成分が多く、硬い金属なので、プラチナなどよりも鏨を押し込む力が必要なのだそうです。
新居さんのアドバイスをもとに、より綺麗にミルを打てるように改めて挑戦します。
新居さんに見せてもらったお手本の作業を思い出しながら、ミル鏨を押し込む力加減や、鏨の動かし方をできるだけ真似て打つ、打つ、打つ。
鏨を強く押し込んで粒の周りの地金を潰してしまわないように、一粒一粒を同じ力加減で打てるように、集中して打ち進めていきます。
小さな装飾の積み重ねだからこそ、力をコントロールすることの大切さを実感しました。
手作業で施していくことで、繊細な輝きがひとつひとつ生まれていくのが分かり、ワクワクしました。
新居さんにポイントを教わり、改めて挑戦したミル打ちがこちら。
最初に打ったものよりも少し整ったミル打ちになりましたが、美しく仕上げるまでは、まだまだ修行が必要です。
実際にミル打ちを体験して感じたのは、想像していた以上に繊細で根気がいる作業だということ。
全てを手作業で施すからこそ、美しく仕上げるためには技術が必要であること。そして指輪全体にぐるりとミル打ちを施していくには、かなりの集中力が必要なのだと実感しました。
ミル打ちの工程を知ることで、改めて自分の婚約指輪に対する愛着が増していく、そんな貴重な時間になりました。
つくり手が工房で学ぶリアルな指輪づくりを綴る《つくり手指輪制作ブログ》シリーズ。今回は《ミル打ち》の加工についての記事となりましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?
次回は《スターダスト加工》についてお話しできればと思っております。
是非、次回の記事も楽しみにお待ちいただければ嬉しいです。
つくり手 前堂